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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)74号 決定

抗告人 仁木美智子

主文

原審判を取り消す。

抗告人の氏「仁木」を「孫」に変更することを許可する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというものであり、その理由は、要するに、夫の家に入籍した妻の姓について韓国社会の慣習法として「姓不変の原則」が行われていること、抗告人の申立てにかかる事情が戸籍法一〇七条一項所定の氏の変更を許可すべきやむを得ない事由に該当しないこと等を理由に、抗告人の氏の変更許可の申立を却下した原審判は、違法であるというものである。

二  本件記録によれば、抗告人は、昭和五七年三月六日に韓国国籍の夫孫恭一と婚姻の届出をして夫婦となつたが、夫と姓が異るため、日常生活のうえで支障をきたし、今後子供を出生した場合においても、日本で生活をしていく以上、さまざまな不便を招来するおそれがあるとして、東京家庭裁判所にその氏「仁木」を夫の姓である「孫」に変更することの許可を求める申立をしたところ、原審の東京家庭裁判所は、当時抗告人がその父を筆頭者とする戸籍に在籍しており、自らが戸籍の筆頭者でなかつたことから、右抗告人の申立を不適法なものとして却下したことが認められる。

三  ところが、抗告人提出の戸籍謄本によれば、抗告人は、その後昭和五九年二月四日に分籍の届出をして、東京都大田区○○×丁目××番地×を本籍とする戸籍の筆頭者となり、これによつて、戸籍法による氏の変更の許可申立をする適格を取得するに至つたことが認められる。

四  そこで、抗告人について氏の変更を許可すべきやむを得ない事由が認められるか否かについて考えるに、本件記録によれば、抗告人は、前記認定のとおり、韓国国籍の夫孫恭一と婚姻の届出をして夫婦となり、同人と婚姻生活をしているものであるが、夫と姓が異ることから、近隣の者から夫とは正式の夫婦関係にはなく単なる内縁関係にあるにすぎないのではないかとの疑いをかけられたりして、日常生活上種々の支障をきたしており、今後日本国内で生活していく以上、将来子供を出生した場合等には、更に多くの不利益を被ることとなることが予想されるような状況にあることが認められる。

右のような事情からすれば、夫の家に入籍した妻の姓については韓国においては慣習法として「姓不変の原則」が行われているといわれていることを考慮に入れても、今後日本国内で夫と婚姻生活を送つていくことを予定している抗告人については、その氏「仁木」を夫の姓と同一の「孫」と変更することを許可すべきやむを得ない事由の存在が認められるものというべきである。

五  よつて、抗告人の本件抗告は理由があるから、原審判を取り消して、家事審判規則一九条二項により、本事件について主文のとおり審判に代わる裁判をすることとする。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 塩谷雄 涌井紀夫)

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